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Fate/stay night キャラクター考察2 セイバー陣営(衛宮士郎2)

前回の士郎の続き。
…のつもりでしたが、ほぼ、Fate/stay night全体の考察というか感想になってしまっています…。


ちょっとこれ、今読み直したら自分でもツッコミどころありすぎて書き直したくて仕方ない…。
仕方ないけど、面倒くさいので結局放置中。

(注意)
※ネタバレ全開ですので、Fate/stay nightを最後までご覧になっていない方はご注意ください。
・これを書いた当時はFate/hollow ataraxiaは未プレイだったため、あくまでもstay night本編で明かされている範囲の情報と知識のみで書いていることをご了承ください。
・完全に自己満足と自分のひまつぶしの為の文章なのでかなり適当ですが、それでもよろしければどうぞ…。


・士郎の「正義の味方」とルート別の士郎の行動について思う私見を適当に。

【聖杯戦争開始前】

切嗣に救われたことで自分にはできなかった他人を救うことができる彼に憧れ、自身の目標とする。
死にそうな間際に彼がしたくても出来なかった他人を救うことができるヒーローが切嗣だったのである。

「誰かを救うという事は、誰かを助けないという事なんだ。正義の味方に助けられるのはね、正義の味方が助けたモノだけなんだよ。当たり前の事だけど、これが正義の味方の定義なんだ。」

しかし、切嗣が第四次聖杯戦争の果てに出したこの「正義の味方」の結論は頭ではわかっていたが、彼には納得ができなかった
切嗣は士郎の目から見れば誰でも救うことのできるヒーローであったが、切嗣本人にとって自分自身は「正義の味方」を目指していたにもかかわらず、結局なり損ねた落伍者であり、かつての自分と同じ道を辿るということはどういうことかと士郎に説くことになる。

「若い頃は向こう見ずでね。世の非情を呪う事で、自らを育んでいた。世界が非情ならば、それ以上に非情になる事を武器にして、自分の理想を貫こうとしたんだよ。」

「誰かを助けるという事は、誰かを助けないという事。正義の味方っていうのは、とんでもないエゴイストなんだ。」

それでも、切嗣の言葉に士郎は反論せざるを得なかった。
「誰もが助かって、幸福で、笑い合えるような結末を望むのは欲張りなのか。」、「始めから定員の決まっている救いなんてごめんだ。」と全ての人を助けたいという思いに固執していたのである。
それが彼にとっての理想だったから。
さらに憧れていた切嗣の死に際に、彼がなりたかった「正義の味方」を引き継ぐ約束をしたことは、その後の士郎の強い使命感を形成する最後のきっかけとなったのである。


切嗣の過去の理想をそのまま引き継いでいった士郎の果てがアーチャー。
切嗣と違うところは、切嗣が最後には自分の行為がエゴイストであったと顧みる(Zeroでは聖杯によって気づかされる)のに対して、アーチャーは死ぬまで誰も彼にその矛盾を教えず、ついに最後まで自分の意志を持つことができずに切嗣譲りの叶うことのない理想に殉じてしまった点か…。



【セイバールート(Fate)】

セイバールートのセイバーは「自分の王政をなかったことにする」という過去をやり直したい願望を聖杯によって叶えさせるために戦う面がクローズアップされている。
国のために自分を殺して王としての責務を全うしようとしたにもかかわらず、国民や部下には理解されず、肉親の裏切りによって破滅に追い込まれる彼女の報われない過去を夢で見て、

「望んだものは他人の事だけ。自らに返るものなど、望まなかった。それなのに、あんなにも頑張ったのに、最後まで理解されなかったなんて、そんなものは頭にくる。」

と彼女の自己犠牲を前提とした生き方に憤り、彼女の願いを諦めさせようと奮闘。
しかし、士郎の考える滅私奉公的な「正義の味方」はまかり間違えば自分もセイバーと同じ運命をたどることになることになるとは気づいていない。
セイバールートの彼は完全に自分のことは棚上げ状態なのである。


そんなセイバーと士郎の論争は堂々巡りであったが、次第にセイバーを愛するようになるうちに、彼女の誇りを理解するようになっていった。
セイバーを愛しているから誰よりも幸せになってほしいし、一緒に居続けたいと願っている。
しかし、本当に彼女を愛しているのなら、それは違う。
傷つき、それでも戦い抜いた彼女を愛し、全てを捨ててそれを守り抜いた彼女を「美しい、守りたい」と思ったからこそ、彼女の人生を自分のわがままで台無しにすることはできないという結論に至った。
彼女の誇りを汚すことはできないと納得するのである。
手に余るような壮大な理想を目指す姿は痛ましいけれども美しい。
結果はどうあれ誇れる生き方だと、士郎は彼女を通して受け入れた。


ちなみにあまり目立たないが、自分を殺そうとしたイリヤスフィールを「まだ善悪のわかっていない子供だから、きちんと言い聞かせれば校正の余地はある」として救い匿います。
セイバーだけでなくイリヤも救っています。
イリヤがエンディング後に生存できるのはこのルートのみ。
まあ、でも信頼していたアーチャーを殺されて、イリヤのやったことを帳消しにするなんて許せないという凛とそれを言い合う所が何とも…。
ここの二人は少年法賛成論者と身内を殺された反対論者の主張そのままですね…。


個人的にはセイバールートのみクリアした時点で私は士郎にイライラしていました。
なぜかと考えてみると、セイバーの苦しみも決意も知らないでセイバーには現代で彼女自身のためだけに生きて幸せになってほしいという願いを強引に押しつけるのってどうなのかなと思ったんです。
(もちろん自分本位ではなく、士郎は本気で彼女のことを想って言っているわけですが…。)
さらに言えば、士郎さんは自分のことを棚に上げすぎだろう…と。
自分は自分の理想を譲れないのに、セイバーには彼女の願いを諦めさせるか…。
セイバールートの士郎は戦力的には弱く、周りに頼りきりなのに周りの忠告も聞かず、向こう見ずで自分の考えを押し付けているだけに見えたんです…。
人のことなら何とだって言えます。
じゃあ、自分のことになったら同じことが言えるのか…?と。
このルートでは明かされなかった「欠点」を補うのが次の凛ルート、Unlimited Blade Worksだったんですね…。



【凛ルート(Unlimited Blade Works)】

さてさて、セイバーを通して「手に余るような壮大な理想を目指す姿は痛ましいけれども美しく、誇れる生き方」とセイバールートで結論づけた士郎ではあるが、その理想を胸に実際に自分が実行していったらどうなるのか…。
やっぱり同じことが言えるのか。

士郎と同じ理想を持ち、その理想の具現者であるにもかかわらず、士郎の抱く理想は間違いであると突きつけるのがアーチャーである。
士郎が10年間信じて疑わなかった理想の道「正義の味方」に殉じたが故にその理想に裏切られ、絶望とかつての自分に対する恨みしか残らなかったというアーチャーを前にして自身の理想について深く考えるきっかけを得ることになる。

「自分の為ではなく、誰かの為に戦うなど、ただの偽善だ。おまえが望むものは勝利ではなく平和だろう。そんなもの。この世のどこにも有りはしないというのにな。」

「だから無意味なんだ、おまえの理想は。確かに"誰かを救う"などというおまえの望みは達成できるだろう。
だが、そこにはおまえ自身を救うという、望みがない。」

「人助けの果てには何もない。結局、他人も自分も救えない、偽りのような人生だ。」

と彼の理想を一蹴し、「理想を抱いて溺死しろ」と全否定するアーチャー。


さらにアーチャーは士郎の理想は切嗣からの借り物であり、自分の欲望ではないことを指摘する。

「衛宮切嗣という男がなりたかったモノ、衛宮切嗣が正しいと信じたモノを真似ているだけにすぎず、決して自ら生み出されたものではない。」

「生涯下らぬ理想にとらわれ、自らの意思を持たなかった紛い物」

このようなアーチャーの糾弾で、彼の言うことは正しいと心のどこかでわかっていたものの、彼の言葉を信じてしまったら、自分が動けなくなってしまうため、認めたくなかったことに気づく士郎。
さらにアーチャーの生前を夢で見ることによって、彼が理想に殉じたが故にどのような末路を辿ったのか一部始終を知ってしまう。


しかし、それでも士郎の理想が揺らぐことはなく、最終的に出した結論はもう一人の自分であるアーチャーを否定することだった。
自分の目指したものは切嗣からの受け売りの「偽物」であるし、全員を救うなどという「正義の味方」になるなんて切嗣やアーチャーの言う通り無理なのかもしれない。

「だが、美しいと感じたのだ。自分の事より他人が大切なんてのは偽善だと判っている。―それでも。それでも、そう生きられたのなら、どんなにいいだろうと憧れた。朽ち果てる寸前の体を動かすのは、ただ、それだけの想いだった。」

と自分では持ち得ないものだからこそ、その尊さに涙したことを思い出す。
(そもそも、士郎の人を救いたいという願望は切嗣と出会う前に大火災で一人でさ迷っているうちから持っていたものではあるけど。)
偽物でもいい、叶えられない理想でも叶えるだけ。
もとより「届かないユメ、はや辿り着けぬ理想郷」であると。
つまりたとえ「偽物」でも思い続ければ、その想いは本物に近づけるのではないかという強い希望である。
願いそのものが正しければそれ自体は間違いではないと思いたいということなのでしょう。

これは、士郎の唯一得意となった魔術である投影そのものだと思います。
投影は術者本人が投影したものを本物のように作り上げる一方で、作ったものの精度が信じられなくなった時点でそのものが消え去ってしまう魔術です。
生身の人間である士郎がサーヴァント中最強のギルガメッシュに打ち勝った理由も、自身が「偽物(投影で作った武器)でも本物(ギルが持つオリジナルである本物の武器)に打ち勝てる」という信念を持っていれば勝てると信じたからの勝利なのでしょう。
アーチャーが、「せめて自分の中で勝つイメージを作れ」とアドバイスしたことそのままですね。

イメージするのは常に最強の自分だ。

とは投影の大原則だったわけです。
またギルガメッシュ戦での士郎の「アンリミテッド・ブレイド・ワークス(無限の剣製)」の詠唱は、アーチャーのものと異なり、「生涯に意味はなく」だった部分が、士郎だと「我が生涯に意味は不要ず」になっています。
意味なんてなくてもかまわないという彼の強い信念が現れているのでしょう。


士郎だけで片付けてしまうと、おまえにアーチャーの気持ちがわかるのか。
理想に殉じた結果が、永遠に守護者として捕らわれる運命なんだぞ…とセイバールートと同じ感想になってしまうわけですが、重要なのは士郎本人でもあるアーチャーです。
彼は死後、自分の理想がひどく矛盾したものであるし、その理想を貫いた果てに訪れた苦痛を痛いほど理解した。
それにもかかわらず、かつての自分を見て、それでもその理想を抱き続けることを是としたのである。
かつての理想だけは偽れず、胸を張れるものだと信じてきたものだったから、間違いなんかではなく、否定して後悔できるものでもない。
自分の理想を信じて諦めない士郎の姿を「美しい」と思ってしまったアーチャーは、やはりどうなっても自分の理想は譲れないものであると気づいてしまうのである。
「手に余るような壮大な理想を目指す姿は痛ましいけれども美しく、誇れる生き方」というセイバールートの士郎の結論を、実際に身を以って経験してきたアーチャー(士郎自身)が認めた以上、士郎の理想は何があっても譲れない「本物」の彼の理想としていいのではないかと思います。


じゃあ、このまま理想を貫く凛ルートの士郎がアーチャー化するかというとそんなことはないと思います。
アーチャーが生前、一度も自分の理想の矛盾や本質を顧みることなく、本人の言う通り「意思のないまま」理想に殉じてしまったのとは違い、士郎はアーチャーがいたからこそ自分の理想を見つめなおし、意思を以って自分の道が正しいと確信できました

さらに凛の存在。
士郎の理想を知って、賛成できないが「自分がどうにかしてみせる」と決意した彼女。
アーチャーの消滅前にも「士郎が自分を好きになれるよう頑張るから」とアーチャーに約束します。
凛のような人物がそばにいて、万が一の際に彼を軌道修正してくれる限り、士郎がアーチャー化することはないでしょう。
アーチャーは自分は誰も救えなかったと言いましたが、最後の最後に自分を救うことができましたね…。
士郎はかつてのアーチャーを救い、アーチャーはこれからの士郎を救うことができた…綺麗な終わり方です。

Fateルートの解決編だったUnlimited Blade Works。



【桜ルート(Heavens Feel)】

うん。桜ルート…。
これは先の2ルートで多くの人を救うことを「正義の味方」としていましたが、逆にたった一人の愛した人のみを救い、その人にとっての「正義の味方」となったらどうなるかというものですね。
正直、このルートがあるせいで、私の中の士郎像は確立していません。
というか、プレイ中ここでリセットされました。



(追記)2015/3/10
この記事を書いてから、5か月近く経っていますが、あれからちょっと考えなおしました。

桜ルートの士郎がセイバールートや凛ルートとまったく違う選択をしているようにも見えますが、この差はきっと紙一重だったんだろうなと今は思っています。
セイバールート&凛ルート、桜ルートでどうしてこんなに変わってしまったかと言えば、士郎の考えが大きく変わったのではなく、士郎が置かれた環境とヒロインの性質が異なっていたからという差だけなのかもしれません。

桜ルートでは桜を助けることが「正義」となりましたが、この聖杯戦争参加時点の士郎はまだエミヤのように多人数の人を助けることが正義と(仕方なく)割り切っているわけでもないし、自分の中で「正義の味方」の定義がきちんと定まっていなかったんでしょうね。ただ漠然と「目の前の救われない人を救いたい」という願いがあるだけで。

桜ルートではたまたま目の前に好きな女の子がどうしようもない状況で辛いを想いをしているから彼女のために頑張ることになりましたが、他ルートでも同じような状況になったら迷わずそっちを選択していたのでしょう。

そもそも、セイバールートや凛ルートも「正義の味方」(自分よりも救われない人を救う)を目指す結論を出してはいましたが、目の前の身近な人間を見捨てて多人数優先的に救うという行きすぎた結論には至っていないわけですし。
この聖杯戦争の時点では、士郎の在り方は状況次第でどちらにも傾く可能性があった基点で士郎の性質が両ルートでもとから違っていたわけではないんだと思い直しました。
--追記ここまで--



まず他のルートと違うのは事の発端が起こる前に、すでに士郎にとって桜という女の子が好きな状態であるということ。
この時点で自身の理想は抜きにして守りたい存在が明確に決まってしまっています
世を騒がせている人間を無差別に襲う黒い影の存在が桜そのものであると薄々気づいてはいるし、今まで守ってきたモノと今守りたいモノのどちらを選択することが倫理的に正しいかも判断はついているが、それを全て承知した上で士郎は桜たった一人を守る為の「正義の味方」になることを決意します。


それは聖杯戦争参加当初の目的を変更するのみならず、10年間、何よりも大事にしてきた自分の理想さえも裏切り、捨て去るということです。
そんな士郎の想いを知ってかアーチャーは

「おまえが今までの自分を否定するのなら。そのツケ(罰)は必ず、おまえ自身を裁くだろう。」

と予言します。
このルートの士郎は徹底して桜の笑顔を守ることに固執し、今までのルートではしていたであろう行動を切り捨てます。
セイバーが黒い影に飲みこまれ、セイバー・オルタとして立ちはだかるも、以前の彼であればまず彼女の奪還を模索するのでしょうが、それをすることは一切ありません。
あっさりセイバーを諦めてしまいます。
(このルートは幻のイリヤルートと桜ルートが合体したもののため、イリヤは無理してでも救いますが…。)
最終的に以前は当然しようとしたであろう話し合いの努力もそこそこに、馬乗りになって抵抗できないセイバーを刺し殺します。
黒い影が無関係な人間を虐殺しており、それが桜に関係していることに気づくも、そのことを腫物のように扱い、桜に追及することもしないまま事態は悪化していく一方…。

ある意味切嗣が言っていた正義の味方の定義そのままを実行した結果ではあります。
自分の守りたいものを守るためなら、自分の誇りや道徳観、普遍的価値観、自分や周りの人の命すらも犠牲にするという突き抜けたルートだなと思います。
全てを犠牲にした結果、桜の命を救うことには成功します。


ですが、途中からアーチャーの腕を使用し始めた代償としてだんだん記憶が欠落していくという事態に陥ります。
個人的に言えば、この展開はあまり好きではありません。
なんだか自分がしてきたこと、忘れてはいけないことを都合よく忘れていっているように見えてしまって、代償というよりは免罪符のような感じがしてなりません。
終盤の士郎の台詞がその象徴だと思っています。

「これから桜に問われる全てのコトから桜を守るよ。
たとえそれが偽善でも、好きな相手を守り通す事を、ずっと理想に生きてきたんだから。」

完全に彼の中でかつての理想をも苦渋の末に切り捨てたという想いすらなかったことになっている…。


しかしそれよりも、私が釈然としなかったのは、桜ルートのTrueエンド。
一見、大団円です。
セイバーとイリヤには犠牲になってもらいましたが、桜も士郎も死なず、自身の体を犠牲にするつもりでアーチャーの腕を使って投影を繰り返したにもかかわらず、士郎はほぼ人間として生きています。
本来なら助からない命でしたが、イリヤの第三魔法によって、士郎の魂を蘇生。
メンテナンスは必要とするものの、何の傷もない体を与えられ、ちゃんと成長もするし、寿命を迎えれば天に召される。
そんな士郎とずっと一緒にいられる桜も、一時は士郎が心配で暗い顔をしていましたが、これからは笑顔の生活を送ることができるでしょう。
これ、物語としてはハッピーエンドでいいんでしょうが、なんだかなーって思ってしまうんです。

「桜を守るということは、桜の罪もこの先桜が犯す罪も全部一緒になって受けるということ。」

士郎が桜以外の全てを切り捨てる決意をしたときに一緒に肝に銘じたことです。
また同時に

「これが恋というものなのか、愛というものなのかは知らない。
ただ―この恋の終わりは、報われるものではないと。
そんな確信めいた予感が、胸の裡から離れなかった。」

これらがこのエンディングでは欠けています。
というより、説得力が弱いかな…という感じがします。

そもそもなぜか唐突にエンディングが凛視点であることも、そう思ってしまう一因かもしれません。
桜を守る為に全てを切り捨てた。
その果てに得たもの、失ったもの、彼の心境をきっちり士郎視点で語らせなければダメだと思うんです。
かつて彼の仲間であり、彼のわがままのために振り回した結果、自身の手で殺すことになってしまったセイバー。
自分を生かすために腕を提供し、彼を導いたアーチャー。
士郎と同時に存在するなんてできないと言い、士郎を蘇生して消滅したイリヤ。
アーチャーの腕を持つことが代償と言えたのかもしれませんが、結果的に彼の腕のおかげで桜を守れたようなものですし、新しい体になったということはアーチャーの腕はどういう扱いになったんでしょうか…。
もし、新しい体として生まれ変わったことで、これらの記憶すらも帳消しにされたんだったら、彼はたいした代償もなしに欲しい物だけ得たということになる気がします。
桜にしても士郎が彼女に言った「―――当然だろう、奪ったからには責任を果たせ。」の部分を反故にしてしまったような気がしてなりません。
あとはプレイヤーが勝手に想像してねってことなのでしょうか。
最後の最後が凛視点になってしまったことで、ふわふわした感じに終わってしまったことが…ちょっとなー。

これなら、Fate/stay nightの幕切れとしてはあまりにアレですが、Normalエンドの方がよっぽど個人的には納得のいく終わり方でした。
凛がよく言ってましたが、魔術は等価交換。
安易にハッピーエンドを迎えるTrueエンドより、償いの人生の果てにいつか士郎と約束した満開の桜を前に死を迎える…という、もの悲しいエンドが個人的にはしっくりときます。

とか言いつつ、桜ルートは結構好きです。
セイバールートや凛ルートの士郎よ崇高さは稀有ですが、やはりちょっと痛々しいというか、士郎自身が幸せになれそうな兆しが見えないので…。
ヒロインのセイバーは士郎と同類だし、凛はスペック高すぎて感情移入しづらいし…で、人間らしい欲望を持って幸せになろうともがく桜と士郎は新鮮で、このルートはどういう結末になるんだろうって気になって面白かったです。



以上!
後半はほぼ、個人的な感想になってしまった…。
士郎はルート次第で二面性を見せるキャラクターなので、難しいですね。
どちらが誤った道というわけでもないのが、また特に…。

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